恋情 - Atadura 前編

「あのさ、あいつ最近なんかおかしくね?」
悪友3人の飲み会…のはずが、フランシスが都合が悪くなってアントーニョの家で二人きりの飲み会。
先にそう指摘してきたのはギルベルトだった。
「あいつって?」
いつもはツマミを作るフランシスがいないため、切ったトマトとあげたジャガイモ、チーズや乾き物だけのつまみを口の放り込みながらそういうギルベルトに、アントーニョは首をかしげた。

ここで話に出るとしたら…

「フラン?あいつならいつも変やで?」
と答えると、そんなんわかってる、と、応えるギルベルト。

フランシス本人がいたら愛が足りないと嘆きそうなそんな言葉も、今は咎める者もいない。
「フランじゃねえよ。あいつは変じゃなくなったら何か変な奴だから。ロマーノだよ、ロマーノ。」
当たり前にフランシスの人権を無視してそう続けるギルベルトに、アントーニョは脳内ではてなマークを浮かべた。

「ギルちゃん、いつのまにロマと仲良くなったん?」
「あ~、つきあいはちょい前からあるぜ?ルッツがフェリちゃんとよく絡んでっからな。二人で遊んだりするようになったのはここ数年?良い奴だよな、口わりいけどっ」
ケセセっと特徴的な笑い声をたてながらビールをあおるギルベルト。
そんなギルベルトに、当たり前やん、親分が育てたんやから…と答えつつ、なんとなくむかついたから殴っといた。


以前はちょっと目を離すとトルコに領にされそうになっていたロマーノの異変に誰よりも先に気付くのは、宗主国であり保護者でもあった自分だった。
それがロマーノの異変に自分より先に気付く者が現れるほどロマーノも大人になって親離れしたのか…と、少し寂しい思いと、ホッとする安堵感。

そんな日々の安全の心配もする必要のない平和な時代を実感するとともに、
「俺…今なんのためにこうして生きとるんやろうな…」
と、アントーニョはふと全てを虚しく感じるような思いに襲われた。

遥か昔…弱者はいつ消えても不思議ではない時代…
アントーニョには恋した相手がいた。
味方になり敵になりと国としての立場はコロコロ変わったものの、一度として傷つけたいと思った事はなく、むしろ代わりに守って死にたいとまで願った相手…。
そして…実際一度は相手のために死ぬつもりで立ち回り、赴いた戦いで、何故か生き残ってしまって、今こうしている。

「…アーサー……」
アントーニョは胸元にさげた十字架を手に取ると、そっと口づけた。
それは戦いの前の逢瀬の時に、愛したあの子の身代りにとこっそりあの子の首から外して持ってきてしまったもので…それから数百年の時がたったが、いまだ他の誰の目に触れさせる事もなく、それでもシャツの下に肌身離さず身につけているものである。

そんな風に当時の思いのまま思い出の品を隠し持っているくらいだ。
今でも好きか?と言われれば、誰よりも、と即答できるのだが、国同士のたどってきた歴史を知る者ばかりの中で、誰しもがそんな事はありえないと思っているので、いまさらそんなことを聞く者はいない。

アーサー当人ですら、きっとアントーニョに嫌われていると信じているだろう。

世に有名なアルマダの海戦…その前から行われていた騙し打ちとも言えるようなイングランドの女王ぐるみの英国の海賊のスペイン船からの略奪…それを裏から操っていたのが当のスペインの化身アントーニョだという事は、イングランドの国の化身であるアーサーすら知らない、当時のイングランド女王エリザベスとアントーニョ二人だけの秘密だったのだから…。

それでなくてもネガティブ思考のアーサーには、誤解を解くこともままならず、避けられまくって現在にいたっていたりする。

というか…その見事な避けっぷりを見ると、むしろ向こうの方がもう自分の事を嫌ってるのではないかと思うほどだ。

誰よりも愛しいと思っている相手に近づこうとするたび、思い切りそれとわかるように避けまくられると、明るいはずの太陽の国といえどもへこむのだ。
アントーニョも誤解を解こうと何度か試みてみたものの、あまりの心の痛みに負けて挫折して、いつしかそっと遠くから見ているだけでいいか…と、情熱の国の名がすたるような弱気な結論に落ち着いてしまってずいぶんたった。


「お前…実は俺以上のヘタレなんじゃねえの?」
と近頃勘が良くなってきてアントーニョの思いをマルっと見抜いてしまったロマーノに呆れられるものの、しゃあないやん、と、肩を落とす。
「出会ってから何百年もずっと…自分の命より大事に思ってた相手に露骨に避けられてみ?いくら親分かてへこむんやで。」

そう…ずっと片思いならともかく、一時は何度も愛を語り、お互い求め合った愛しい相手に思い切り避けられるのだ。
へこまない方がおかしいだろう。

近づかなければアーサーはこちらに注意を払わない。笑顔を向けられる事はないが、逆に遠くからあの愛しい姿を思う存分見ていられる。


アントーニョはただただそんな理由で世界会議に出ているといっても過言ではない。
20分ほどの休憩時間、ああ、今日もべっぴんさんやなぁ…と、内職の花に目を向けるふりをしてその向こうのアーサーを目で追う。

今日はヨーロッパ会議なので仲の良いキクがいなくて、少ししょんぼりとした様子も可愛らしい。出来る事なら全力で慰めに行きたいが、仕事の話でもないかぎり隣に立つ前にさりげなく逃げられるのは目に見えているので諦める。
ため息をつこうと思った瞬間に、隣から聞こえてくるため息。

ため息の主は隣のロマーノだった。
様子を窺うアントーニョに気付く事もなく視線の向かう先はなんとドイツと話しているギルベルト。

「ロマ…もしかしてギルちゃんの事好きなん?」
何の気なしに聞くと、ロマーノは、一瞬びくぅ!!とすくみあがった。
そして次の瞬間、ガタっと立ち上がって周りを見回し、あたりに人がいない事を確認すると、アントーニョの腕を取ってずんずんと部屋を出ていく。

そして廊下までくると、
「この馬鹿っ!!なんてこと言いやがるっ!!」
と、真っ赤な顔をして小声で罵った。

「いや…なんやため息つきながらギルちゃんみとったから…。違うん?」
さすがKYと言うべきか、思い切り思ったままを聞いてくるアントーニョに、ロマーノはうつむいてボソボソと
「…ちがわねえ…けど」
と、小さな声で認めた。

ああ、ええなぁ…とアントーニョは思った。
ギルベルトはアントーニョですら気付かなかったロマーノの変化に気付くくらいロマーノに好意を向けてくれているのだ。

「告白せえへんの?」
とアントーニョが当たり前に聞くと、ロマーノは
「てめえがグズグズしてっからできなくなったんだっ」
とうつむいたまま拗ねたように口をとがらせる。

ああ、なるほど。
アントーニョは苦笑する。

アルマダ以来最愛の恋人とは会う事ができなくなり、その前後に家族であったオランダとベルギーも出て行って唯一残された宝物ロマーノをアントーニョは溺愛して育てた。
アントーニョはどこにも持っていき場のない愛情を溢れるほど注ぎ、ロマーノはロマーノでそんなアントーニョの溺れて窒息しそうになるほどの愛情をなんとか受け入れてくれていた。
アントーニョ自身の愛情を向ける範囲が狭い事もあって、それは二人にとってはまぎれもない家族愛なのだが、はたからは家族愛と言うには過度な愛情に見えたかもしれない。

「ギルちゃん誤解してんやろ?ええよ。親分が言うてやるわ。親分とロマはあくまで家族やからって」
それで解決、と、思っていると、ロマーノはちげえよ…と、さらに口を開いた。

「あいつ好きな奴いんだよ。俺の事は親友って思ってて…ずっと相談されてる。」
「そうなんや…でもそれがなんで俺のせいなん?」
ともっともな質問をするアントーニョにロマーノはチラリと目を向けて、また視線を下へと逸らす。

「てめえがいつまでもグズグズしてっから…いつまでもヨリ戻さねえで放っておくから、ギルがイギリス様好きになったりするんだっ。」

「え??」
空気が止まった。

その後もロマーノの文句は続いていたが、ほとんど耳に入ってこない。
“ギルがイギリスを……”
その言葉だけがくるくる回る。

なんで?
浮かぶのはその言葉ばかり。

二人が最後に分かれたあの日から、アントーニョは男女問わず恋人を作る事はしなかった。
たぶん自分は死ぬだろうと思っていたので先の事は考えてはいなかったが、決して別れるつもりはなかったし、今でもそれは変わらない。
生きている限り恋人は一人だ。

そうと言ったわけでもないのに、アーサーもあれから恋人がいるという話もなく、勝手にアーサーの恋人は自分だけだと思っていた。
他のやつのモノになるなどと、微塵も考えた事がなかった。

「…い、おいっ!もう休み時間終わるぞっ!戻んねえとムキムキがうるせえ!!」
と、ロマーノに袖をひっぱられ、会議室に戻って席にはついたものの、内容は全く頭に入ってこない。

ギルちゃんと…アーサーが?
内職を手にすることもなく見回せば、今日はドイツの補佐に入っているギルベルトが何かの合間にチラチラとアーサーに目を向けているのが見える。

アントーニョはイライラしながらそれを凝視した。
殺気立った空気を放ちながらギルベルトを睨みつける灼熱の太陽の視線に、周りが引いていく。
それはさながら太陽の沈まぬ国、覇権国家と言われていた現役時代のような迫力で、小国や、そんな殺伐とした時代を知らない若い国は、まるで化け物でもみたかのように涙目だ。

「お前…落ち着け」
普段なら涙目筆頭のヘタレ国家イタリアロマーノだが、そこは伊達に長く一緒に暮らしてはいない。
アントーニョ限定でなんとかその空気も耐えしのいでいるが、それでもタラタラと冷や汗をかきながらアントーニョの袖口をひっぱる。しかし本人自覚はないらしい。
「何?親分なんもしてへんよ?」
と笑顔で言うのだが、その笑顔がすでに怖い。


空調が調整されてるはずの会議室で、暑いから気分が悪くなったというもの、寒くて気分が悪くなったというものそれぞれが続出して、ドイツが頭を抱えながら、少し早い閉会を言い渡した。


閉会と共にそそくさと逃げるように会議室を去る国多数。
そんな中で残っているのはアントーニョとロマーノの他には議長国のドイツ、その手伝いをしているギルベルト、そして何故かその横でさらにアーサーが手伝っている。
親しげにギルベルトに話しかけるアーサーにアントーニョは頭に血が上った。

つかつかとそちらに歩み寄ると、それに気付いたアーサーが一瞬で身をすくめて、次の瞬間距離を取ろうとした。
それにさらに血がのぼる。

「なんで逃げるん?!」
アントーニョが思わず腕を取ると、諦めたのかアーサーは青い顔で硬い表情のまま
「別に逃げてない。放してくれ、“スペイン”。会議の片づけをしたい。」
という。

会議や打ち合わせなどの公式の場、公式の時間以外でこうしたやりとりをしたのは覚えてないくらいだが、“スペイン”と呼ばれた記憶がない。
いや、“アントーニョ”と名前を呼ばれた記憶すらないのだから、おそらく必要以上のやりとりをしていないのだろう。

しかしアントーニョにとっては毎日のように反復している過去…ペリドットの瞳を潤ませて“トーニョ”と甘く呼びかけるアーサーが当たり前だったので、かたい声音で国名を呼ばれた事にひどくショックを受けた。

「ふざけんなやっ!!」
と出てきた言葉は一体誰に、何に対してなのか自分でもわからない。
だがそれを考える間もなく、カクリとつかんでいる腕が地面の方向へ落下していく。

「…っ!!」
慌ててそれを引き寄せて支えると、ぐったりと力を失った体は簡単にアントーニョの腕に収まった。

血の気の失せた顔…白くなった唇…閉じられた瞼…
「アーサー?…どないしたんっ?!アーサー?!!!!」
一気に心臓が早鐘を打ち始める。

「は、早く医者をっ!」
慌てた声で言うドイツに手に持った書類を預けてギルベルトが電話の受話器を取った。

「アーサー?!アーサー?!!目開けたってっ!!!」

嫌や、嫌や、俺なんのためにあんな真似したん?!!!
混乱してアーサーをゆさぶるアントーニョの腕を取ってドイツが

「落ち着け。揺さぶるな。医務室へ運ぶぞ」
と、うながす声に、ようやく我に返ったアントーニョはアーサーを抱き上げた。



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