ジュリエット殺人事件A_2

ちょうど夏休みだったせいもあって、勝負は箱根にあるボヌフォア家の別宅で開催されることになった。
迎えの車ももちろん富豪ボヌフォア家のものだ。
運転手つきのご立派な車がごくごく庶民的なカリエド家の前に止まる。

自らも一緒に来たフランシスは、どこかへと電話をかけているアントーニョ以外の二人、アーサーとベルの視線にさらされて、額に汗を浮かべた。

「フランシスさん…なんでここにきてはるんです?あちらのお嬢様の方へ行かはれへんでええんですか?フランシスさんがあちらに引きずり込みはったギルベルトさんはあちらさんに乗ってはるのにっ」
アーサーにピタっとはりついて言うベルの声は冷たい。
それはまあ想定の範囲内の反応だったので
「うん、ほらお兄さん一応中立って立場になってるから、あっちばっかりはまずいかなと」
と、もうすでに中立じゃないですやんという返答が返ってくるのを想定しつつも言うが、続くアーサーの
「フランは…もう少し友人を大事にする男だと思ってた…。」
という言葉にうなだれる。

落ち着いた色の金色の髪…春の新緑のような色合いの瞳…そのアーサーの容貌はフランにとっては特別だった。
特別…大事だった相手と同じ色。
あの子に似た色でそんな風に言われて泣きたくなった。

「ベル、そのへんにしとき。解決したんやからええやん。」
本気で落ち込んでいると電話を終えたアントーニョが言う。

「もういいの?氷川は?」
一緒に行く予定だったチェス要員の氷川が来ていないのに気付いてフランが聞くと、アントーニョは答える。
「あいつ遅れていくから先行っててって。」
「そっか。じゃ、出発しよ。」
と、フランは他を車へとうながした。


「今回はごめんね。」
車が静かに動き出すとフランはまず謝罪した。

「この前暴言はいたリサは小学校一緒なだけじゃなくて母親同士もつきあいがある幼馴染でさ、俺に対してはちょっとブラコン入ってんのよ。
他にも教会一緒のメイともう一人事故で死んじゃったんだけどジャンヌって子と小さい頃は4人家族ぐるみで学校でも私生活でもつるんでてさ、お兄さんにとっては妹みたいなもんで強く出れなくて…」

「妹ならしっかり躾んかぃ」
と相変わらず容赦のないアントーニョだが、そこでアーサーが
「一人亡くなってると、どうしても残ってる子には甘くなるよな」
とフォローを入れる。

「うん、そうなんだよね…。亡くなったジャンヌは…自殺だったかもしれないから余計に…」
とフランシスは小さくため息をついた。

「かもしれないって…殺人とかかもしれへんてこと?」
誰もが口をつぐんでいる中、空気を読まないアントーニョがつっこむ。
お兄ちゃん!やめとき!とさすがにベルが止めるが、フランシスは、いいよ、と苦笑して話し始めた。

「俺らさ同じ教会いってて、その教会の屋上に大きなマリア様像があるんだけどさ、ジャンヌはそのマリア像が好きでねぇ。よく見に行ったりしてたんだわ。
で、確か台風の日だったかな。何故かそのマリア像見になのか教会行っててさ、屋上から落ちて死んじゃったんだ。
台風の強い風でバランス崩して落ちたのか飛び降りたのかは結局わからず終いだった…。」

「え~?でも台風の日にわざわざマリア像見にあり得んわ。覚悟の自殺ちゃう?」
というアントーニョの頭をベルが軽くはたく。

「うん…まあなんていうか…そうなんだろうね。」
フランは少し悲しげな笑みを浮かべた。

「俺さ…結構仲良かったと思ってたんだけど…あの子が死ぬほど何か悩んでたなんて、全然気づかないでさ…あの子からも話してもらえるほど信頼されてなかったんだなぁって思ったらなんだか…ね。」

うあぁぁ~という表情のベル。
お兄ちゃん、この空気どないしてくれるん?!と目が言っている。
もう今回の事を怒るどころではない。

「まあ…そんなわけで…少しでもあの子たちが話してくれるように、とか、そんな感じで否定しにくいわけよ」
無理に笑みを浮かべてフランはそう締めくくった。

「だからギルちゃんの事もさ、本来はあの子達の友達じゃなくてトーニョの友達なわけだから悪いな~とは思ったんだけど…」
「あ、そのことはもうええです。気にせんといて下さい。」
ベルが慌てて顔の前で両手を振る。
「たぶんうちの方がめっちゃ勝ちますからっ!」
とそこで力こぶを作ってみせるあたりが、空気を読まない男の妹だったりするわけだが…。

「なに?トーニョがやるの?お前やったことあるの?」
「なわけないやん。フェンシングはあーちゃんや。全国大会優勝者なんやで?」
「ええ??!!」
「あ…っていっても中学の頃だから…」
「いや、それでも十分すごいって!!」
フランは身を乗り出して向かい合って座るアーサーの手を握った瞬間、グニ~~っとアントーニョに思い切りつねられて、痛さに悲鳴をあげて手を離す。

「なに?!アントンいきなり何すんの?!」
「それはこっちのセリフやわっ!何どさくさにまぎれてあーちゃんの手にさわっとるん?!」
というやりとりをしている二人の横で、ベルがサッと除菌のウェットティッシュを出してアーサーの手をごしごし拭いている。

「ね、ベルちゃん、何してんの?!」
「え~?消毒ですけど、何か?」
と答えた笑顔は微妙に冷たくて、やはり今回の事は腹の底では怒っているらしい。

そんな不穏な空気をフォローするようにアーサーが口を開いた。
「そいえばフランの別荘ってどこなんだ?」
「ん~箱根の山奥。」
と答えるフランに携帯で天気予報を確認していたアントーニョは少し顔をしかめた。
「夕方から雨振るらしいで。テニスどうするん?明日の試合までにコート乾く?」
との言葉に、フランはクスっと笑みを浮かべる。
「平気。そんな事もあろうかと屋内。」
「うっあ~。自分金持ちやな~。」
思わず声をあげるアントーニョに、フランは
「正確には実家が、ね。」
と、肩をすくめた。

「次の海老名で休憩取ったらもう直行するから、みんなそのつもりで」
フランが言って、車はサービスエリアに向かう。
店から近いあたりに車を止めて車から外にでると、
「あら、あなた達もここで休憩なのね」
と、すぐ横で声がした。




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