聖夜の贈り物 9章_6

アントーニョが自室に戻ると、ちょうど手当てが終わったところなのか、フェリシアーノがアーサーのパジャマのボタンをとめていた。
二人はいつのまにか仲良くなっているようで、アーサーもそれに対して全く気負うことなく、二人で楽しげにおしゃべりをしている。
二人とも愛らしい顔をしていて、邪気のないおしゃべりに興じている様子は本当に可愛らしく、普通なら“楽園やんなぁ”というところではあるが、なんとなく面白くない。
(…いくらフェリちゃん相手かて、そんな無防備に服脱ぎ着させられてたらあかんやん)と一瞬考え、それから、(いや、何考え取るんや、俺は!)と、慌てて頭を横に振ってその考えを振り払う。
どうも先程からつづくフェリシアーノとルートヴィヒの話しに毒されてきたらしい。
(アーサーはまだ子供やで。アホらし。)
アントーニョは軽く肩をすくめると、
「入るで~」
と半分開いたドアを今更ながらノックした。

「あ、アントーニョ兄ちゃん、ちょうど良かった。今包帯巻き終わったとこ。ね、ルートは?」
フェリシアーノは手早く周りを片付けながら聞いてくる。
「あ、畑行く言うとったで。」
「そっか~。じゃ、俺も行こっと♪」
あとをよろしく~と、言い置いて、フェリシアーノははずんだ足取りで部屋を出て行った。

残されたアーサーが少し寂しそうにそれを見送るのを見て、またちょっと面白くない気持ちが蘇ったが、理性で抑えつけて、ベッド脇の椅子に再度腰をかけた。

「アーサー、どうしたん?体つらいん?」
出していないようでいらつきが出てしまっていたのだろうか?
少し緊張した面持ちのアーサーにつとめて優しく声をかけると、アーサーは俯いて唇をかみしめた。

「なん?どうしたん?」
その肩がふるえている事に気づいて、アントーニョは慌ててアーサーの顔を覗き込む。
アーサーはポロポロと涙を流していた。

「どうしたん?体つらいん?それともフェリちゃんに何か言われたん?」
焦って聞くが、アーサーは黙って首を横に振る。
「なあ、泣かんといて。」
どうしていいかわからず、とりあえず涙をふいてやるが、次から次へとこぼれ落ちる涙は止まる事を知らない。

「…ごめん…」
しばらくそうしていたが、やがてアーサーが蚊の鳴くような声でつぶやいた。

「……迷惑…かけた…」
「迷惑なんて思ってへんよ?」
「…でも……」
「アーサー拾ってから今まで一度も、一瞬たりとも迷惑なんて思った事あらへんよ。」
自分の本当に心からの気持ちが伝われば良い、と、アントーニョはうつむいたアーサーの顔をのぞきこむように視線をあわせる。
しかし次にアーサーの口から出たのは信じられないような…到底認める事などできない言葉だった。

「…俺…出て行くから。…体動くようになったら出てく。」
アントーニョは一瞬自分の耳を疑った。血の気がさ~っと引いて行く。
「…なに…言うてるのん?…よく聞き取れへんかった…」
聞き間違いだろうと思ってそう言うと、アーサーは再度繰り返した。
「動けるようになったら出て行くから……今まで迷惑かけて悪かった」
耳鳴りがした。
目の前が怒りでクラクラする。

「フェリちゃんになんか吹き込まれたん?!」
ガタっと椅子を蹴倒して踵を返しかけるアントーニョに、アーサーは驚いて
「違うっ!フェリは関係ない!!」
と、慌ててその腕をつかんで引きとめた。

「関係ないわけないやろっ!今までそんな事言うてへんかったやん!!」
初めてアーサー相手に怒鳴りつけた。
そんなアントーニョに一瞬気押されたものの、アーサーはなんとか言葉を続ける。

「…言った…だろ。聞こえてたかわかんねえけど…。トマト実ったら出て行くつもりだったって。…迷惑…かけてごめん…て。」
そう言うアーサーの語尾は震えていて、アントーニョを見上げる大きなエメラルドグリーンの瞳には涙がこんもりあふれていた。

「なんで出て行く言うアーサーの方が泣くん?」
怒りが急速にしぼんでいく。
そういえば…あの時アーサーが何か言っていた気がする。

「泣くくらいやったら、ここにおったらええやん。」
「やだ…」
「なんで?…てか、やだとか言わんといてや。さすがに傷つくわ」
「やなもんは嫌なんだ」
「だから、なんで?」
「なんででも」
「………」

本当に出て行きたいならこんなに悲しそうな目で泣かないだろう。感情的になっても逆効果だ…そう判断して待ってみる事にした。
もちろん…本当に帰す気はない。
どうしても帰ると言われればもう、はなはだ不本意ではあるが逃げられない場所に拉致監禁も辞さない覚悟だ。

「…だって……」
沈黙に耐えきれなくなったのか、アーサーが口を開いた。
「俺がいたってアントーニョに迷惑かけるだけじゃなくて、危険な目にあわせる…」
は~っと体の力が抜けてアントーニョはその場にしゃがみ込む。

「…だって…アントーニョは皆に好かれてるし、皆にとって大事だし、城に行けばロマーノだっているし…」
ヒクッヒクッとしゃくりをあげながら続けるアーサーをちらりと見上げて、アントーニョは立ちあがった。
「なぁんでわかってへんのかなぁ…この子は」
クシャっと自分の前髪をかきあげて、アントーニョは今度はアーサーの前に行って膝まづく。
そのまま下から顔をのぞきこむと、アーサーは涙で潤んだ目を向けた。

「俺自身が危険なんはかまへんよ。ガキん頃から戦場出とるし、いまさら刀傷の10や20増えても全然平気や。俺が皆に好かれてるかどうかは知らへんけど、俺自身は別に他人が100人死のうが200死のうが全然かまへん。育ったこの家、自分が育てたトマト、ロマーノ…俺自身が大切やなんて思うもんはそう多くはない。それだって手放せ言われたらまあしゃあないなって諦められる。
でもアーサー、自分はあかん。自分は俺の特別や。
自分傷つけるならフェリちゃんやって容赦せんし、昨日みたいな奴に連れてかれたら地の果てまでやて追って追って追いつめて、相手切り刻んで殺してでも取り戻したる。こんなん言っても自分怖がらせるだけやから黙っとこ思ったんやけど、仕方ないわ。俺は絶対に自分をあきらめたりでけへん。やから自分があきらめたって?」
固まるアーサーを前に、さすがにこんな子供にする告白ではないなと、アントーニョは内心苦い笑いをこぼす。
でも仕方ない。
フェリシアーノではないが、最善を尽くさないでなくすよりはいい。
まあ…これで逃げられたら、どこまでも追いかけて追いつめて捕まえるだけだ。

「…でも……」
ぽつりとこぼすアーサーの唇にアントーニョは人差し指を押しつけて言い分を遮ると、
「“でも”は無しやで?言ったやろ?俺は何があってもあきらめへん」
と、言葉を続ける。

「俺が…もし本当に敵兵だったら?」
それでもなお言い募るアーサーに
「それ、まだ言うん?」
とアントーニョは困ったように眉を寄せて笑った。

「まあ、な。万が一そうやったとしても、かれこれ1か月なんも出来てへんあたりで、兵としてはダメなんちゃう?」
からかわれてアーサーはプクゥッっと膨れる。
「まだ作戦中かもしれないじゃないかっ、ばかぁ!」
と言う様子が可愛くて、アントーニョはついに吹きだした。
「あ~、そうかもなぁ。自分可愛すぎて親分攻撃されても反撃できひんで殺されてまうわ。」

「じゃあ、もし全部演技で、実は騙してたら?」
「かまへんよ?ただしおしおきはさせてもらうけどな。」
にやりと黒い笑みを浮かべるアントーニョに後ずさるアーサー。

「そのくらいで俺から逃げられる思うたら、大間違いやで?今回みたいに死にかけても地獄の底までやって追いかけたるから、もうあきらめ?」

笑いながら冗談のように言うアントーニョがどこまで本気かはわからないが…もしかしたら一緒にいる事が許されるのかもしれない…と、アーサーは少し気分を浮上させる。

「…エンパナーダに…トマトとモツァレラのサラダ、それにチュロスと紅茶がつくならあきらめてやってもいい…」
アーサーが赤くなった顔を隠すようにうつむくと、
「お望みのままに…」
と、アントーニョはそのつむじにチュッと軽くキスを落とした。 






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